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南アフリカ共和国のフラッグ・キャリア、南アフリカ航空(SAA)はそのハブ空港であるヨハネスブルグを拠点に、アフリカ、中東、アジア、ヨーロッパ、オーストラリア、北米アメリカの35都市に就航しています。1932年の最初のフライト以来、南アフリカならではの温かいおもてなしの心で世界中から旅人をお迎えしてきました。

エクセレンスを目ざして日々研鑽に励み、イノベーションを積極的に取り入れる努力を重ね、SAAはグローバルな航空会社に成長しました。この持続的な努力はSkytrax「ベスト・アフリカン・エアライン」アワード14回受賞、アフリカ初の4つ星航空会社認定、といった実績に現れています。

アフリカでベストの航空会社には簡単になれるわけがありません。SAAには80年を超すエクセレンスとイノベーションの歴史があります。世界とアフリカをつなぐ大切な役割を果たしてきた歴史の一部をご紹介いたします:

1930年代

南アフリカ航空は1934年2月1日、南アフリカ政府がユニオン・エアウェイズの資産と債務を買い上げたときに始まります。その後、南アフリカ航空(SAA)と改名し、南アフリカ鉄道・港湾管理局の管理下に入ります。

1934年11月1日、SAA は国内線初となるユンカース Ju 52/3mを導入。1930年代を通し、初代の10座席ユンカース Ju 86、DC-3をはじめ、SAAはコンスタレーション L-749A、ロッキード・ロードスター、DC-7B、ビッカース・バイカウント、ボーイング707と着々と機材を整備してゆきます。

1940年代

1945年4月にハバナで国際航空運送協会(IATA)が発足。SAAは設立に積極的に関わった44社の一つです。

1945年11月にはSAAの最初の大陸間運航便、スプリングボグ・サービスの運航を開始しました。 パルミエトフォンテインから出発し、途中ナイロビ、ハルツーム、カイロ、カステル・ベニトに寄り、ボーンマスまで34時間で結びました。

国内線でのスチュアーデスの起用やヨハネスブルグ・ケープタウン間の映画上映等、機内サービスとエンターテイメントが導入されました。

1950年代

1952年4月17日にはケンプトン・パークにヤン・スミッツ国際空港が正式に開港。1953年にはSAAが運航するBOACのコメット機がヨハネスブルグからロンドンへ。英国に次いで世界で二番目のジェット機による運航を開始しました。

1957年11月には最初のパース便が就航。このSAAワラビー・サービスは、現在、2つしかないアフリカとオーストラリア間の直行便の一つ。もう一つのサービスはSAAとカンタス航空のコードシェア便です。

1960年代

まず、南アフリカ航空の全保有機にオレンジ色のトレードマークが塗装されました。

1967年3月には南アフリカ・オーストラリア間の最初の週定期便、ワラビー・サービスの運航を開始。

1968年には、ヨハネスブルグからリオデジャネイロへのボーイング 707 を利用した就任飛行を達成しました。

1968/1969 会計年度には、初めて100万人を超す搭乗客を記録しました。

1970年代

1970年代には、ボーイング 747B、ZS-SAN 「レボンボ」、エアバス「ブレスボック」等、新機材の投入が相次ぎました。同時期にはまた、国内路線の旅客量の増加に伴い、12機のボーイング 737、3機のボーイング 747SP、4機のエアバスA300を導入しました。

1976年3月23日、SAAのボーイング 747SP(スペシャル・パフォーマンス)がシアトルからケーブタウンへ、 16,560 kmを飛行。17時間22分のこの旅は民間航空機による最長ノンストップ飛行を記録しました。

1976年4月24日、南アフリカ航空はボーイング 747SPを使用した世界初の商業フライトを開始しました。就航ルートはヨハネスブルグ-リスボン-ローマ-アテネでした。

1977年1月6日、ボーイング747SP によるヨハネスブルグ・シドニー間の定期運航が開始。機内ではオーディオ・エンターテイメントと映画が提供されました。

1980年代

1981年4月、オーストラリア線において、ブルーダイヤモンド・ファースト、ゴールドクラス・ビジネス、シルバークラス・エコノミーの3つのクラス・システムを導入。

1986年11月、経済制裁により、ニューヨーク線就航停止。米国は南アフリカへの着陸権を返上。翌年にはオーストラリア政府も南アフリカに対し同様の措置を実施。

1990年代

28年ぶりにSAAはスーダンおよびエジプト上空通過を許可され、南アフリカに対する経済制裁が撤廃されるにつれ、ニューヨーク線とオーストラリア線が再開されました。

国内線では英語、ズールー語、ソト語、アフリカーナ語による機内アナウンスを開始。国際線では目的地の言語でのアナウンスを開始しました。

SAAパイロット候補生研修プログラムも開始され、教育機会の少ない青少年にもパイロットへの道が開かれることになりました。

1995年6月24日、ラウリー・ケイが機長を務めるSAAボーイング747が、ラグビー・ワールドカップ決勝戦の開始直前にエリスパーク・スタジアムを横切るように上空を低空飛行。あるラグビー・ジャーナリストは「まったく予想しなかったイベント。完璧な飛行技術でスリルたっぷりだった」と記しています。

1997年3月22日、新しいコーポレート・アイデンティティを発表、尾翼デザインも赤、金、黒、緑の新生南アフリカの国旗の色を採用したものとなりました。フライング・スプリングボックのロゴの使用を止めた後も、SAA は今も無線交信で「スプリングボック」のコールサインを維持しています。

2000年代

南アフリカ航空は大規模な機材更新プログラムに着手、次世代機材としてエアバスを選定しました。41機を新規注文する35億米ドルの購入はアフリカにおける最大規模のジェット機購入となりました。

SAAはオンライン・チェックイン、セルフチェックイン・キオスクなど、よりスマートでスピーディーなチェックイン・システムを導入しました。

ロールスロイス・トレント500エンジン搭載エアバスA340-600、9機を購入する2億米ドル契約をロールスロイス社と締結しました。

南アフリカは40年ぶりに国際民間航空機関に再加盟。その後、2006年4月にはグローバルなスターアライアンスに加盟し、世界中でシームレスな空の旅をご提供できることになりました。スターアライアンスのグローバル・ネットワーク・ブランド要件である737-800およびエアバス A340-600 を購入。

2005年には、サウジアラビア以外で初めて、メッカへの巡礼者のための特別便、ハッジ・フライトの運航を許可された航空会社になりました。

2007年11月29日、South African Rugbyとスポンサー契約を締結。南アフリカ公式ラグビーチーム「スプリングボックス」のオフィシャル・キャリアに。